トランスジェンダーの扱われ方と治療について

最初に

昨今、「トランスジェンダー」や「LGBT」といった性に関する概念が広く知られるようになってきています。
その概念は、これまでは、「性同一性障害」といった精神的な疾患として扱われ、治療の必要な病気とされてきました。
これまで区別されることなく、同一視されてきたのは、人間の価値観の多様さを認めようという考え方が、根付いてこなかったことが一因であると考えられます。
そういった意味では、「トランスジェンダー」や「LGBT」といった概念の世間への広まりは、現在は幅広く価値観を認め合い、人と人とが違いがありながらも尊重し合える社会を模索し始めた良い兆候とも考えられます。
一方で、その概念が広まったために、誤用や間違った理解も今問題になっている点があります。
その中の一つに、トランスジェンダー(LGBT)を治療するべきもの、あるいは支援・救済すべきものという考え方です。
本文では、トランスジェンダーを中心に考察していきます。

トランスジェンダーの扱われ方

まず、トランスジェンダーとは、自分の生物学上の性別と性自認(自分で認識している性別)が一致しない人を指す広義な概念です。
かつて同様の概念として扱われてきた性同一性障害との区別をするならば、トランスジェンダーの中に、性同一性障害とされる人も含まれているとされ、概念的には、性同一性障害の上位概念として位置付けられると考えられます。
性同一性障害に悩む方は、生物学上の性別と性自認を一致させたいと望んでおり、一致しないことに苦しみます。
しかし、生物学上の性別と性自認が一致しないことは認識しているが、心と身体の性別を一致させたいと望んではいない人たちも存在します。
そうした人たちの存在を広く認める概念として、生物学上の性別と性自認が一致していない人を表す包括的概念として、トランスジェンダーがあると考えられます。
しかし、世間的に知られるようになりつつあるトランスジェンダーの概念は、未だ性同一性障害と混同していることが多く、また治療が必要なもの、特別なものとして扱われ、時に異常で理解できないものとして扱われているのが少なくありません。
そして、多種多様な価値観を認める概念の一つであるトランスジェンダーを治療するべきものとする考え方自体が、その概念を本来の性質のものとは違ったものへと変えてしまっているという問題があると考えます。

治療について

上記のようなトランスジェンダーを治療するという考え方については、決して少なくない誤解や、偏見が背景にあります。
生物学上の性別と性自認の不一致に苦しむ人たちについて、外科手術などで自分の心が認めている性別と一致させることは、その人のい生き方、人生をより良いものにするために必要な行為であり、当然認められて然るべきものであります。
医療が社会からの要請されている治療を望む者(自律尊重原則)に、適切な治療を行うこと(善行原則)に基づくと考えられ、医療倫理の原則にも適ったものであると考えられます。
一方で、生物学上の性別と性自認が一致していなくても、一致させることを望まない人たちに、治療を行うことは、上記の原則にも反します。
そして何よりも、一致しないあり方を望む人たちの生き方・価値観が存在します。性別に対して流動的であったり、どちらでもないと感じる人たちなど、多様な生き方・価値観があり、そのような多様性を表すのがトランスジェンダーという概念であり、そうした多様な生き方・価値観を認め合える社会を背景にした概念であると考えられます。
そういった点から、トランスジェンダーに対して、治療を必要とするという一括した考え方は、誤解であり、トランスジェンダーの中には、治療を望む人がおり、その人の望みと治療によって得られる変化がその人の望む生き方に沿うものであれば、治療の選択もあり得るというのが、本来の認識であると考えます。

最後に

上記のように、トランスジェンダーという概念は、広く知られるようになりつつあっても、その本来の対象や含意する意味については、未だ浸透しているとは言い難いと考えられます。
トランスジェンダーを性自認の概念としてではなく、生き方の多様性、価値観の多様性としての概念として根付かせるためには、まだ啓蒙活動や正しい知識の発信が欠かせません。
また、医療界からも治療を必要とする対象として、性同一性障害の基準やトランスジェンダーとされる生き方との違いを広く発信していくことで、現在ある誤解を解消する手立ての一つになると考えられます。
多様な生き方や価値観を認め合う社会の実現のためには、自分と他者の違いを理解し、お互いを尊重し合いながら(時に折り合いながら)共に暮していくことを模索することが大切です。
そのために、広くこの概念が知れ渡り、また深く理解されることが、実現の一助になるのではないでしょうか。